
ズームインフィギュアなどでおなじみの、中京テレビアナウンサー・本田恵美さんが本サイトのためにコラムを寄せて下さいました。
私が鈴木明子選手の取材を始めたきっかけは、2007年9月30日の中部フィギュアスケート選手権大会で、彼女のすばらしい演技を見てからでした。結果は見事優勝、思わず涙をながして喜ぶ姿が印象的でした。彼女の演技はどうしてこんなに “情熱的” で “心に響く” のかしら?そこから彼女の過去を知り、そして人間的な魅力にも惹かれていきました。
華やかなフィギュアスケートの影で、摂食障害という病を患い、生死をさまよいながらスケートへの情熱から表舞台に戻ってきた選手。
「自分が頑張ることで、多くの人に勇気を与えられたら」
そう語る鈴木選手のお手伝いをしたい。彼女の演技から私が感動や勇気をもらったように、様々な人たちが感銘を受けてくれたら・・・そう願いながら、鈴木選手が経験したすさまじい人生・苦悩を取材し、テレビで放送したのです。
そして、その放送を見て14歳の少女から “一通の手紙” が届きました。
「私も今、摂食障害を抱えています。あなたの事を知って、人生で一番勇気づけられました」
この放送を通じて、鈴木選手と少女との交流が始まりました。
鈴木選手は「悩んでいる人の支えになりたい」そう語ってくれ、少女にお返事を書いてくれたのです。
私は少女のもとへ向かい、直接鈴木選手からのお手紙を届けました。彼女は、小さい体から全力を振り絞って、
「摂食障害という長いトンネルから抜け出し、生きる希望を見つけだしたい」
そう言いました。
鈴木選手の試合に挑む姿から、生きる希望を見出そうとする少女。そして、その少女の応援で “全日本へ立ち向かう勇気” をもらったという鈴木選手。実はこの試合には、皆さんが知らないそんな二人の交流が隠されていたのです。
2007年12月、大阪なみはやドームで行われた全日本選手権。私は鈴木選手の “魂のこもったショートプログラム” を、なみはやドームで観戦しました。緊張感で溢れかえる会場、取材するだけの私までもいたたまれなくなりました。しかし本番が始まると・・・鈴木選手の気迫ある演技、生命力溢れるステップに、会場は手拍子が巻き起こり、終了後には大きな声援や拍手が飛び交ったのです。

そして迎えたフリー演技、“少女へのエール” を込めて・・・いよいよ氷上決戦が始まります。私は今度、その戦いを摂食障害の少女の自宅で観戦しました。テレビ画面からも会場内のピリピリっとした雰囲気が伝わります。14歳の少女はいつも以上に口数が多く、少し興奮しているようでした。
「鈴木選手がいつもの自分の演技ができますように。そして、その演技で少女を光のあたる場所へと導いてほしい」 私はそう願いました。
結果は…
大きなプレッシャーの中、自分自身では “最高の演技” とは行かなかったかも知れません。しかし、生き生きと滑る鈴木選手の姿は、生きていることのすばらしさやスケートができることの喜びをかみ締めているかのような、魂の滑りでした。それは、生死をさまよって、様々な経験をした鈴木選手のみが伝えられる演技だったのではないでしょうか。
最後に14歳の少女はこう教えてくれました。
「私にとって鈴木選手の演技は1位です。感動して、勇気づけられて、私もはやくこの病を治したい。そして元気になったら、鈴木選手にまたお手紙を書きます」
摂食障害からの復活、ひとりでは乗り越えられなかった、だからこそ悩んでいる人の支えになりたい…
その鈴木選手の想いは一人の少女に届きました。人の心に残るスケーター、これからも “鈴木明子” という選手の活躍を見続けたいと思っています。

中京テレビ放送アナウンサー。三重県津市出身。
<担当番組>
・ズームイン!!SUPER
・ズームイン!!サタデー
・チュッキョフィギュア
05-06シーズンよりフィギュアスケート取材を始め、現在はストレイトニュース内でチュッキョフィギュアを担当。フィギュアスケートの魅力に取り付かれ、仕事の枠を超えて精力的に取り組んでいる。